[Bike 伊豆 between you and me] キャンディーズ
ぼくが生まれるよりも前の話。
人気絶頂のアイドルグループがライブコンサートの舞台上で突然の引退宣言をしたという。
「普通の女の子に戻りたい」と。
ここ最近、ぼくは「普通の変速付き自転車に戻りたい」と願っていた。
それも強く。
どんなに強がったって、シングルスピードは個性への対価として大いなる苦痛を伴う。
すっかりぼくに染み付いた個性を捨て、苦痛からの解放を願っていたのだ。
人気絶頂でもアイドルでも何でもないぼくだけど、キャンディーズの伝説の解散宣言の言葉は理解できる。
例えば、レースだけのことを考えるならシングルスピードでも全く問題ない。
けれどぼくらの遊びはレースだけではない。
レース以外の遊びの方により多くの時間を割くことになるのだから、より遠くまで駆けることのできる変速機を備えた自転車に思いを巡らせてしまう。
様々な現実を考えるとやはり変速はあまりに偉大なのだ。
さあいよいよ変速復帰を果たす時が近付いてきたようだと、遠い昔に経験していたシフトレバーを引く指先の感覚を必死に思い出そうとするも、うまく思い出すことが出来ない。
どうやらぼくの記憶のシフトレバーにはワイヤーが通っていないようだ。
まあ良い、実際に触れればすぐに思い出すことになるはずだ。
ぼくの願望とは裏腹に、シムワークス司令部はぼくをシングルスピードに乗せたいようだった。
シングルスピードの素晴らしさも苦痛も深く理解しているつもりだが、新たなシングルスピードに跨るぼくをイメージするとその顔は苦痛に満ちていた。
それでも何度かシングルスピードへの要請があり、ぼくはふと思った。
他者がぼくに対し望んでいる。
「ちょっと醤油取って」などのありふれた望みではなく、こういう姿でいて欲しいという心象的で具体的な像をぼくに望んでいる。
アリアハンの王様は、ルイーダの酒場で仲間を募り魔王バラモスを倒せと唐突に言った。
碇ゲンドウは、初号機に乗り使徒と戦えと唐突に言った。
シングルスピードに乗りレースを走れという要望と殆ど同意義だろう。
これって、素晴らしいことなんじゃない??
ぼくはその望みに応え世界を救うことが出来る。
きっと誰でも経験できることではない。
そしてぼくはシングルスピードを引き受けた。
キャンディーズとは逆の道を往く。
きっとこの決断は人生をより素晴らしいものにしてくれるに違いないと信じている。
新たなシングルスピードとはシクロクロスバイクである。
Sim Works CX Racingの発足に伴い、選手の一人として走らせていただくこととなった。
チームメンバーは先にブログで紹介のあったJasmin Ten Haveと、そして紅一点の赤松綾。
年長者であり、また最もヒゲの濃いぼくがチームキャプテンの任に就いているのだけど、これと言ってすることなどないだろう。
二人は自由に激しく戦ってきて頂きたい。
そしてぼくは出来るだけ勝ちにこだわっていくつもりだ。
スタイルの追求と確立はもちろん大事なのだけど、恐ろしいのはそれが勝てなかった時の言い訳となり得るところだったりする。
ぼくは勝つために走ろう。
ぼくのシクロクロス初戦は10月22日のシクロクロス富士山だったのだけど、台風接近により中止となった。
実はバイクを受け取ったのは10月21日で、司令部が総力を挙げて何とか間に合わせてくれただけに残念ではあったのだけど、やむなし。
気を取り直しての次戦はスーパークロス野辺山となる。
C4最後尾からギア1枚でどこまで駆け上がることが出来るだろうか。
今はただただ楽しみだ。
バイクの詳細についてはまた今度紹介させて頂きたい。
どうかお楽しみに。
text : Hiroki Ebiko / SimWorks XC Racing [Blog] [Instagram]