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2025/10/24

自転車が語らないこと

Text by Shinya Tanaka

タリフの向こうに見えてきたもの

毎日のように目にし、手に取り、乗っているはずの自転車。
けれど、私たちはそこに何が込められていて、何が削ぎ落とされてきたのか、どこまで理解できているだろうか。

今、世界で再び「関税」が話題になっている。 一見、自転車とは関係のなさそうなこの政策の向こう側に、私たちが見落としてきた「ものづくりの意味」が、静かに浮かび上がっている。

語らない自転車から、私たちは何を読み取るべきだろうか。

社会が大きく揺れるとき、そのかたちや価格、作られる場所には、確かに“時代の声”が刻まれている。 これは世界の話であり、日本の話であり、そして、自転車業界そのものの話でもある。


アメリカが直面した「希望の喪失」

この背景を読み解くうえで印象深かったのが、前政権で政策ブレーンも務めていた、ある保守系思想家のインタビュー記事での発言でした。

この言葉は、アメリカ製造業の空洞化が進み過ぎ、地域社会と人のつながりが失われていったアメリカ社会の現在の姿を、的確に捉えたものだと思います。 けれど、この言葉はアメリカだけのものではなく、私たちの国、日本にも、自転車業界にも、静かに降り積もってきた現実と重なっているように思います。


なぜ関税がここまで問題になるのか?

2025年、アメリカでは「関税強化」が再び中心的な政策として浮上しました。ドナルド・トランプ大統領の言葉は、時に鋭く、ガサツで攻撃的だと感じることもありますが、今回の関税政策については単なる貿易摩擦への発展以上に、「アメリカもやはり変わらなければならない」というメッセージも内包していると、私は感じました。

今回の政策によって、中国をはじめとする多くの国からの製品に高い関税が課せられることとなりました。自転車部品も例外ではありません。
これは「海外でつくり、アメリカ経由で世界に届ける」という、これまで当たり前だった流通構造そのものを揺るがす大きすぎる変化です。

多くの人がまず懸念するのは、関税による「価格の上昇」でしょう。
けれどその奥には、長年にわたり選んできた「作らない」という選択の積み重ねが、静かに横たわっているように思うのです。


作れたはずのものを、作らなくなった

自転車業界は、長らく中国・台湾などの製造拠点に大きく依存してきました。それ以前は日本国内でもかつては当たり前に作っていたフレームやステム、ラック、ハンドル、それらはいつしか「外で作る」ことが常識となって、「どこで作るか」「なぜ作るのか」といった問いが後回しになってきました。

もちろん、海外との協業や分業にはとても意味がありますし、効率も重要です。 けれど、“誰が、何のために作るのか”という視点を失ったとき、自転車はただの製品になってしまう。

その結果、今回の関税のような外的変化が起きたとき、私たちには“戻る場所”を持っていないのかもしれません。


日本もまた、似たように沈んでいってないだろうか

先にお伝えをした“アメリカの絶望”は、けっして特殊な風景ではありません。私たちが暮らすこの日本も、グローバル化のなかで静かに、しかし確実に、地域と産業と誇りを失い続けている国のひとつだと思います。

  • 地方都市における町工場の消失
  • とどまることのない一極集中する人口の流れ
  • 非正規雇用の常態化と、根強い雇用不安
  • 孤独死や引きこもりの増加
  • 国策として浮かび上がってきた農業問題

そうした現象は、数値では捉えにくいけれど、間違いなく社会の根っこを蝕んでいます。そして、自転車業界もまた、そうした社会の一部なのです。そしてどの国においても、「効率」や「自由経済」の名のもとに、失ってきたものは確かにあるのではないでしょうか。


「現場の声」が教えてくれたこと

関税発表後にSimWorks USAに届いた一本のメールがありました。オセアニア地域で長年私たちとパートナーシップを続けてくれているディーラーの方からのものです。

その文面には、こんな懸念が綴られていました。

この声は、オセアニアだけに限った話ではないはずです。 今、世界中の販売店やユーザーが、同じような不安と向き合い始めています。

私たちも、改めて自らに問い直しています。 これからも世界中の人々に SimWorks の製品を届け続けるために、どんな方法があるのか。 関税という現実を前に、私たちは「モノをつくる」だけでなく、「どう届けるか」という問いにも、より柔軟で、持続可能な答えを見つけていく時に来ていると、強く感じています。


SimWorksとして、これからを考える

SimWorks はこれまで、「つくること」の背景にある思想や哲学を大切にしてきました。

単なるスペックや価格の比較ではなく、「どこで、誰が、なぜ、どんな気持ちで」作っているのか。
そのひとつひとつに目を向けることで、私たちは自転車を「単なる移動手段」ではなく、「人生の道具」として提案してきたつもりです。

だからこそ、いま世界で起きている議論に耳を傾け、日本でも同じように問い直す必要があると、私たちは感じています。

  • 自転車は、どこで作られるべきなのか?
  • その価格は、何を支え、何を犠牲にしているのか?
  • 業界として、どこに誇りを置くのか?

これらの問いに向き合いながら、SimWorksはこれからも、「つくること」と「つかうこと」のあいだにある本質を見つめ直していきます。


「語らないもの」の声を聴くために

自転車は語りません。

けれどそこには、作り手の哲学があり、産地の空気があり、文化の積み重ねがあります。

あなたの乗っている自転車は、どこで、誰が、なぜ作ったものでしょうか?

私たちは、そうした「語られないもの」に耳を澄まし、それを伝えていきたい。 自転車が語らないことを、私たちが語っていく。 SimWorksは、これからもその静かな声に、耳を傾け続けたいと思います。

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