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2024/8/23

NITTO精神と日本文化

All text and photo by Kimura Masashi

公営競技としての競輪、仕事をこなす警察用自転車や、郵便配達員の自転車、日常生活の手段としてのママチャリ。そして旅を目的としたツーリング車。今日も日本では様々な用途、目的で自転車が乗られ、人々の生活が回っています。

日東は、日本における自転車文化のほぼ全てに関わり合い、100年間もの間、細やかなニーズに合わせた製品を製造し、今日も福島県二本松市で操業しています。

それどころか日東は日本だけでなく、世界中の多様な自転車文化の中にあって、世界中のバイクエンスージアストに愛されている稀有なファクトリーであり、彼らの優れたモノづくりは「NITTO」という刻印とともに、よく知られた存在でしょう。

今回 SimWorks クルーは、製造のパートナーである日東工場に、ある新製品のミーティングのために訪れました。今まで何度も足を運んだことのある工場ですが、極めて日本的なメンタリティで運営されており、毎回驚きと興奮に満ち溢れた現場です。彼らの作る製品は、もはや「新しい日本の民藝 = New Japanese Folk Crafts 」と呼んでも差し支えがないでしょう。今回は日本で培われてきた「民藝」というコンセプトと重ね合わせながら、日東のモノづくりを紹介していきたいと思います。

民藝とは

民藝品とは、民衆的工藝品のことで、つまり「民衆の手仕事」で作られたモノのこと。日東が創業してまもない1920年代に柳宗悦(やなぎむねよし)が民藝運動を提唱しました。工業化が進む時代に「手仕事」の美しさを再発見しようという運動です(欧米では、イギリスのウイリアム・モリスが1880年代に提唱したアーツアンドクラフツ運動がそれに近いでしょうか)。厳格な定義では、それは工業化よりも前時代のモノづくりのことを指しますが、多くのメーカーが海外へ生産拠点を移してしまった現代に、日本人のメンタリティと技術、手仕事にこだわり、日本で作り続けることを選択した日東のモノづくりへの姿勢は、民藝品の域に達していると思います。

この「民藝」というコンセプトは、禅の精神から来るものです。柳宗悦はアメリカのビート文学やヒッピーカルチャーに影響を与えた、東方哲学の大家である鈴木大拙に教えを受け、民藝のインスピレーションを得ました。禅的精神性と日本のモノづくりは、密接に関わり合っているように感じますが、それはまた別の機会に書きたいと思います。

実際、日東工場のある福島県は冬は雪の多い日本の東北地方に位置し、昔から冬の季節に民衆の手仕事が盛んに行われていた地域です。そんな地理的な要素も日東製品の素晴らしさの一つとなっているかも知れません。

美しく曲げられたハンドルバー、フィレットブレイズの曲線、無駄のないTig溶接。彼らの生み出す製品のすべてが、人の手が加えられ、人の手によって作られています。

用の美

日東製品を見ていると、その美しさに驚かされます。しかしそれは美術品や貴族的なものとして作られているわけではありません。

美しい民藝品には「用の美」があるのです。「用の美」とは、柳宗悦が強調して使用した言葉です。「用=実用性」のみが美しさを生む。という考え方なのですが、無駄な装飾が排除された、徹底的に実用主義な日東製品に相応しい言葉だと思います。

日東の製品は私たちに教えてくれます。その製品の美は、どれだけ美的に作られているかではなく、それがどれだけ用途のために作られているか、ということであると。

日東は多量の製品を作ることを前提としていますが、そのひとつひとつが美しい。それは「用の美」を追求した、厳格な安全基準と品質管理から来るものです。日東の安全基準をクリアするのは並大抵のことではありません。長時間に渡る負荷テストを経て、その基準を満たしたものだけが製造されます。もちろん、製造工程上の品質管理にも心血を注がれます。

工場内には彼らの製造目的が掲示されています。

  1. グローバルなボーダレス市場に私達は、まず「安全」を売ります。
  2. 美しく、軽く、機能を備えた製品を、私達は作ります。
  3. 優れた製品を作るため、私達はたゆまぬ研鑽を重ねます。
  4. お客様にご満足いただける商品をお届けし、私たちは国際社会に貢献します。

そして、「世界一のハンドルメーカーを目指そう」と控えめに書かれています。

卓越した技術

日東クオリティに欠かすことができないのが、熟練した職人の技術でしょう。

卓越した職人の確かな技を、この工場では至るところで見ることができます。長い歴史の中で培われてきた確かな技術と知恵を存分に駆使しながら、かつ懐古主義に陥ることなく、新製品の開発にも余念のないのが日東の尊敬すべきところ。SimWorks の新しいチャレンジにも積極的に知恵を絞っていただいています。(驚くべきことに、彼らは1970年代に導入した自動溶接機の使用をやめて全てハンドメイドに切り替えました。)

在籍している方々は、長年技術を磨いた職人たちが多いですが、ここ最近は若者たちが、その技術を学びたいと入社してきており、技術の継承が進んでいます。今後の日東の展望は明るいと言えるでしょう。

無銘性

その美しい製品の多くが、有名なプロダクトデザイナーではなく、この現場の創意工夫によって生まれていることにも驚かされます。

世界中どの業界でも、ハリウッドの「スターシステム」よろしく、有名なデザイナーや、ビルダーが設計した製品に価値を見出すことが多いですが、彼らは、市井の名もなき設計者や職人が作り上げる、確かな製品を「日東」という名で世の中に送り出しています。作家中心主義ではなく、ある種の無銘性を持っているところも、日本的な部分でしょう。

柳宗悦も、民藝の定義としてこう記しています。

  1. 実用性。鑑賞するためにつくられたものではなく、なんらかの実用性を供えたものである。
  2. 無銘性。特別な作家ではなく、無名の職人によってつくられたものである。
  3. 複数性。民衆の要求に応えるために、数多くつくられたものである。
  4. 廉価性。誰もが買い求められる程に値段が安いものである。
  5. 労働性。くり返しの労働によって得られる熟練した技術をともなうものである。
  6. 地方性。それぞれの地域の暮らしに根ざした独自の色や形など、地方色が豊かである。
  7. 分業性。数を多くつくるため、複数の人間による共同作業が必要である。
  8. 伝統性。伝統という先人たちの技や知識の積み重ねによって守られている。
  9. 他力性。個人の力というより、風土や自然の恵み、そして伝統の力など、目に見えない大きな力によって支えられているものである。

この一字一句が日東工場に当てはまります。この大量生産大量消費の時代に、ひとつひとつを確かな手仕事で作り上げ、誰もが手の届く値段で提供するという、一見すると相反することを見事にやってのけているのです。

SimWorks が日本という場所から、バイクパーツを供給できているのも、彼らのユニークな存在があってこそ。幸運なことに、最近は北米ブランドともコラボレーションを果たすことができていますが、日東製品に代表される、日本的な価値観で作られた製品をグローバルに発信していく事は、この日本という国の歴史や文脈、ユニークなモノづくりを世界に知ってもらうためにも、我々の最も重要なミッションだと考えています。