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2018/1/28

[Bike 伊豆 between you and me] F91

西に向かう早朝、カーステレオから流れるラジオ番組ではDJがスタンリー・キューブリック監督の”時計仕掛けのオレンジ”について語っていた。

夜明けは遥か後方、暫く世界に色は戻らない。

 

水面を漂う油膜のような睡魔をすくいとるのに”時計仕掛けのオレンジ”の話はうってつけだった。

おぞましいほどの暴力をモダンアートのように描き出した映画を他に知らない。

映画を思い出すと、ハンドルを握る手に力が戻るような気がした。

初めて見たときはうっすらとトラウマを抱えることになったのけど、もう一度見たいと思った。

東海シクロクロス 愛知牧場へと向かう車中で思ったことだ。

 

まだ書き記していなかったのだけど、12月に湘南シクロクロスを1レース走っている。

11月の野辺山シクロクロスでは、それなりに良い感触を掴んでいたのだからこの湘南でも勢いそのままに駆け抜けるつもりだったのだけど、持病の症状に苦しみ深く沈むこととなった。

C3で24位 61%という結果に終わった。

悔しさではなく、虚しさがぼくの中で弾けて溢れかえった。

それからというものの、ヒゲの濃さは一人前だけど精神はまだ幼稚なぼくはやや不貞腐れることとなる。

サボイアS21に似たDoppo Racer SSCXを駆って行うは、シクロクロスの練習ではなくロングライド。

時に美食を求め、時に絶景を求め、伊豆半島中を駆け巡った。

獲得標高3000mに迫るライドもあった。

 

年は明け、彼らが動き出す。

野辺山で凌ぎ合い、そして再戦の約束をしていたTeam Blue Lugだ。

愛知牧場での再戦、しっかり支度しとけよ!と彼らからの号令に奮い立つのであった。

スイッチが入った。

愛知県日進市 愛知牧場。

1月20日~21日、東海シクロクロス 第6戦、 第7戦(JCX)の会場。

 

駐車場からコースに向かうと一つの丘を越えていくことになるのだけど、その丘のてっぺんからコースの大部分を見渡すことが出来た。

かなりの高低差がある。

ギア比はいつも通り39×18、不安ではあるが変えるつもりはない。

 

登りで悶えることは確定したが、コース前半に集約されたパンプとバームのリズムセクションが男心をくすぐる設計となっており、飴と鞭のはっきりしたコースだ。

 

20日 土曜日、この日はまだTeam Blue Lug参戦しない。

21日のみの参戦とのことだった。

 

ぼくのビブナンバーは40、後ろから二列目中央。

同列一番右に我がチーム監督である池山が並ぶ。

何故だろう、ひどく久しぶりにレースを走る気分だった。

しかし緊張はない。

落ち着いてスタートを切る。

 

集団のスプリントの速度はあまり速くないと感じるのだけど、前に出ることが出来ない。

集団内での位置取りはぼくの最も苦手とする部分だというよりも、方法すら知らない。

MTBのレースは長時間のエンデュランスレースばかり走る為、スタートから全力で走ることがないのだ。

 

やむなく流れに身を任せ、力任せの登り返しで小石を弾き飛ばしながら前を追う。

 

路面は霜が解けてウェットと化していたが思いのほかグリップした。

しかし波打つウォッシュボードの下りにやや翻弄され、下りのスピードを登り返しに上手く繋げられず、強引に踏み倒して何とか登り切る。

ぼくのスキルの乏しさがこのコースをパワーコースに仕立て上げてしまっているのだけど、繋ぐスキルを持ち合わせていればとてもリズミカルなコースだと感じるのかもしれない。

シクロクロスの奥深さたるや。

 

登りで少しずつ順位を上げていくものの、トップは遠ざかっているようだった。

トップ争いをしているのは池山だ。

ぼくと同列でスタートしていたのに、破竹の勢いで登って下り、このレースの一番前を走っている。

”時計仕掛けのオレンジ”で描かれたスタイリッシュな暴力のような速さだった。

夜明け前の高速道路で”時計仕掛けのオレンジ”の話を聞くのは初めてだったし、レース中に”時計仕掛けのオレンジ”について思いを巡らすのも初めてだった。

池山は元々C1を走っていた男だ。

流石と言わざるを得ない。

 

池山は優勝、ぼくは12位(26%)で初日C3のレースを終える。

ぼくのリザルトは喜べるようなものではなかったが、翌日はもっと上に行けるという確信に近いものがあった。

 

レース後、Team Blue Lugを交えてのアーレーキャットに参加したかったのだが、疲労困憊につき見学とさせていただいた。

名古屋の街を深く知る人も、初めて名古屋を走る人も、皆一様に不安定で不規則な自転車という乗り物を心から愛している顔だった。

寒い夜だったが、彼らの熱気と味仙の台湾ラーメンの辛さに少し額を濡らすこととなった。

 

 

二日目の朝、野辺山の時と同じく、試走はしない。

朝一で会場入りしたが、仲間の応援とストレッチをしてスタートコールを待った。

31番、4列目だ。

今回は二日酔いに苦しむことはなかったのだけど、睡眠は足りていなかった。

 

ぼくは日常では7時間以上の睡眠をどうにかして確保している。

残業が2時間でも付くと帰宅後は食事と入浴以外の一切を諦め、布団に潜り込む。

レースの何が辛いかって、間違いなく睡眠時間が減ることだ。

この前に睡眠時間を削って何かに興じたのは正月のこと。

映画を見た。

”時計仕掛けのオレンジ”ではなく、遠藤周作の原作をマーティン・スコセッシ監督が映画に仕立て上げた”沈黙-サイレンス”だ。

スコセッシは精神的に疲弊しきった男の苦悩を描く映画を撮ることが多く、またその出来栄えはいつだって素晴らしいと思っているが、この”沈黙-サイレンス”は最高傑作だと思う。

スコセッシの作品はメタファーを多く含み、映像でありながら小説的な作品が多いのだけど、自身が惚れ込んだ遠藤周作の小説を映像化し世界に知らしめたいという思いに起因するのか、直球な表現が多いという印象を受けた。

信仰とは、尊厳とは、弱さと強さとは何か、また揺らぐ強さとは何なのか。

どこまでも気高い宣教師ロドリゴの生涯を描いた衝撃作、是非とも逞しい自転力を携えた皆様方にもご覧いただきたい。

 

また悪い癖が出て話が大きく逸れてしまったが、ぼくのアウトを喜んでくれるJazzyな方々も多く存在することが最近分かったので、このまま何事もなかったかのようにレースに戻ろうと思う。

 

Team Blue Lugからはシュガー選手、IKB選手、プサン選手がぼくと同じC3を走る。

シュガー選手に関しては、シングルスピードという点でもぼくと共通している。

負けられない。

 

スタート直後は前日と同様、前をこじ開けられずに20番手前後で最初の砂利の登りを駆け上がり、その後何度か繰り返す緩い登り返しで数人抜き、15番手で階段へ。

階段から先の激登りの応酬は前日よりも路面コンディションが回復しており、登りやすくなっていた。

 

39×18、ギア比2.17。

つまりクランク一回転につき、リアホイールが2.17周するということになる。

愛知牧場のコースでは重すぎるギア比なのだけどいつも通りのままこの日もレースに臨む。

エキセントリックBBを使用している為、ギア比交換が面倒なのだ。

ギア比を変えるとサドルハイトやシートアングルも変わってしまう。

実際に乗って違和感が出るほどの変化は無いとは思うのだけど、気分の問題だ。

いつもと違うという気持ちの悪さに苛まれるくらいなら、重すぎるギア比に悶えることの方が楽である上に、重すぎるギア比でも激坂を登り切れたとしたら、シングルスピーダーにとってそれほど美しいことはない。

そしてぼくは鼻水とよだれをキラキラ輝かせながら美しく登ってみせた。

 

シュガー選手やIKB選手、更にはCircles 加藤との攻防をひたすらに繰り返す3周回だった。

ぼくはシケインを超えた後にペダルをキャッチ出来ずにもたつき、シュガー選手は真後ろで巻き添えを食らいリズムを乱され後退(申し訳ない)、IKB選手はチェーン落ちのトラブルで後退、加藤は最後までぼくの10秒程後ろを走り続けた。

 

最終周回で4位まで上がったぼくは、いよいよ3位をすぐ目の前に捉えた。

最後に待ち受ける最も長く最も険しい登りを残すのみとなった。

ぼくはF91となり、順次リミッターを解除していく。

最大稼働モードに移行し、ついに限界性能に達した。

骨もバイクを軋んだ。

 

あと4秒だった。

あと4秒でC2へ昇格だったのだけど、残念ながら最後は力及ばず。

今回は取りこぼしたということではなく、ひとえに力が及ばなかった。

無念ではあるが、いよいよC2が見えたという喜びもある。

何より最大稼働モードに至れたという充足感もある。

なんだかんだ言ってもエキゾーストが大好きなのだ。

 

初めて赴いた東海シクロクロスではあったが、多くの声援を賜ることが出来、とても気持ちよくレースを走ることが出来た。

多くの方と色々な話をしたのだけど、中でもシムワーカー剣持澤田と交わした遺伝子組み換えについての話に最も興奮することとなった。

ぼくらは下らないことについても重要なことについても、思いのほか真剣に話す。

それが楽しいから。

愛知牧場ではエキゾースト出来たことに加えて、有意義な会話が出来たことが大きな喜びとなった。

 

早くも来年の愛知牧場が待ち遠しい。

 

 

text : Hiroki Ebiko / SimWorks XC Racing [Blog] [Instagram]

photos:Ryota Kemmochi , Manami Ikeyama